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震災から。
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    ・大鉄道博
    親子3人で大鉄道博に行きました。こういう鉄道イベントは、普段なら息子と私二人で出かけるところですが、震災以降今はまだ何があるかわからないということで夫も同行しました。日本橋から三鷹まで、万一徒歩で帰宅しなければならなかった時のためです。イベントは混雑する土日は避けていましたが、電車の混雑を避けるため、日曜日であった昨日、行って来ました。

    01.jpg空いているだろうと思っていた会場(日本橋三越)はとても混んでいてびっくりしました。それでも小さな新幹線に乗り、1cm浮くという小さなリニアモーターカーに乗り、たくさん模型を見ることができました。例によって会場出口には物販コーナーが続いていましたが、一通り眺めて遊んで、でも何も買わずに(笑、1階吹き抜けのプラレール展示会場へ。


    02.jpg吹き抜けの上の階から写真を撮っていたのですが、1階には『撮影禁止』の看板がありました。なぜでしょうね?4月後半に発売予定のE5系のセットなど、トミカ製品と組み合わせて展示されていました。その中のトミカすいすいETCドライブを見た息子が、「なんで動いてないの?」と聞くので、「プラレールの展示だからトミカは動かさないんじゃない?」と答えたら、「地震だから動かないんだよ。」と・・・。一瞬、二の句が継げませんでした。。


    ・3月11日東日本大震災
    3月11日から二週間が過ぎました。あの壊滅的な地震、津波からの復旧は早いような、遅いような。私は母が宮城県人で、親戚も多数いるのですが、みな無事でした。私自身は息子と家にいて、CDが床に落ちた位の被害で済みました。大きな揺れで目を覚ました息子を抱っこして、「揺れているけど、この柱さんが守ってくれるから大丈夫。」と言い続けていました。怯えた表情こそ見せながら、その後は落ち着いているなと思っていた息子でしたが、小さな物音にも「じしん?」と心配したり、今までなかった指くわえをするようになったり、やたら甘えたり、という様子を見せるようになりました。

    大人の私も気持が沈んで、何もする気が起きなかったり、クインテットで流れた『ふるさと』を聞いて涙が止まらなくなったりしているので、小さな子供が不安定になるのも当たり前だと思いました。TVのニュース映像を見るのも良くないようですね。不安な気持を減らすように、親が落ち着いて「大丈夫」と言い続けることや、スキンシップを増やすのも大切と、新聞にありました。

    ・赤ちゃんの古着を送る
    全く被害のなかった私達ですらこういう状況なのに、被災地のことを思うと気持がふさいでなりません。小さな子達は寒い思いをしていないだろうか、着替えがなくて困ったりしていないだろうかと気になりました。阪神大震災の時に迷惑な寄付物資として上げられていた古着ですが、被災地の役所に勤めている従姉妹に、息子の古着をもしも使って頂けそうなら送りますとメールしたところ、送ってくださいとの返事があったので、整理して送りました。いずれ新品が配布されたり、買いに行けるようになるはずと思いますが、それまでのつなぎだけとしてだけでもどなたかに使ってもらえたら、と思ったのです。

    03.jpgオークションやフリマに出そうと思っていた、新生児から80サイズ位までの衣料を、ちょっとでも黄ばんだり汚れがある物は捨て、サイズと形(カバーオール、トレーナーとか)を分類して剥がせるラベルを付けて、輪ゴムでくくりました。靴は一足ずつビニールに入れてサイズを書いてばらけないよう、そして靴は靴だけ、防寒着は防寒着だけの段ボールに詰めました。


    うちは息子が生まれた頃から、たくさんお下がりをして頂いてとてもありがたかったのですが、汚れていたりあまりに古びたりしている物が、しわしわになって袋にごちゃごちゃと詰まっているのを頂いた時は、やはりちょっと困ってしまったので、中身はもちろんですがたたみ方やしまい方に腐心しました。今回、自治体が古着の寄付を断る理由がよくわかりました。息子一人分を梱包するだけでも大変だったからです。極めて個人的に、信頼できる相手同士でないとできないことだと思いました。

    ・佐川急便の本気
    さて、では荷物を送りましょうという段になって、ゆうパックもクロネコも営業店留めのサービスしか復活していない中、佐川急便は、幾つかの場所への個別の配送を再開していることに気付きました。ガソリンが不足している中とても助かるではありませんか。集荷をお願いした方によると、到着まで何日か余計にかかるかも、とのことでしたが・・・なんと、発送した24日の翌日25日には平常通りに届いたのです。信じられますか?すごいです!佐川急便。

    他の運送会社もおいおいサービスを再開させていくことと思いますが、いち早くサービスを再開させてくれたことに感動しています。このスピードこそが、こうした非常事態に最優先で求められることではないかと思います。サービスの差でこの機会に良い売り上げを、など理由は他にもあるのかもしれませんが、使命感を持って荷物を届けて下さったことは想像にかたくありません。運送会社としての本気さを感じました。

    従姉妹の街は、少しずつ店に品物も増えているそうです。物流も回復し始めたそうですし、自分にできることは後は長期的に義捐金をお送りすること位でしょうか。残念ながら、『売上げの○%を・・・』だと本当に微々たる金額でしかないMay5thなので、個人でしっかりと、できることをできるだけしていこうと思っています。

    ・サイドキック復活
    メイフィフスと言えば、サイドキックなのですが、昨年秋に卒業したサイドキックをまた復活させることにしました。地震の後、息子と私で実家に一泊しに行った時、そして、昨日の大鉄道博に行った時に使いました。そして、災害用の避難袋として利用しようと思っています。徒歩で帰れない範囲に電車で出かけることは控えているのですが、どうしてもそれが必要な時、サイドキックならいざという時に息子を素手で抱っこするよりも、長時間しっかりと抱っこできるからです。

    息子の体重は今14キロ。まだ昼寝する息子は、昨日の鉄道博でも帰りに眠ってしまいましたが、イベント中に抱っこ担当していた夫に代わって、帰宅の道々は私が抱っこして歩きました。1時間位でしょうか?重いですけれど、素手で1時間に比べたら全然楽です。そして避難袋として、抱っこ紐がついていたら、やっぱり便利だと思って、夜用のおむつと私の生理用品などをすぐ詰められるようにして、そばに置いているのです。宣伝みたいで嫌なのですが、あって本当に良かったと思ったので書きました。サイドキックでなくとも、抱っこ紐、おんぶ紐は非常時に持っていたら安心できるかもしれません。

    ・原発問題
    避難袋としてサイドキックを使う機会がどうか起こりませんように、と切に願っているのですが、今、何よりも怖ろしく思っているのが福島原発の事故です。小学校高学年の時、何を思ったのか東海村の原発を夏休みの研究にしました。その後チェルノブイリの事故があり、広瀬隆の著作も読みました。高村薫の『神の火』も読みました。10歳位からずっと怖ろしく思ってきました。神の火が人間に扱える訳ありません。地震大国の活断層に建てる理由がわかりません。選挙でも原発反対の人に投票しました。色々な署名もしました。でも何も変わらなかった。そしてやっぱり起こるべくして人災が起こってしまった。神の火をきちんと扱わ(え)なかったからです。

    私や夫はこれからどうなってもいいけれど、小さな息子はこのまま東京に住み続けて大丈夫なのでしょうか。怖ろしさを知りつつも、原発推進する政治をこれまで何も変えられなかった責任が、息子にもかかってしまうのでしょうか。これだけの大事故になっても、喉元過ぎれば、で何も変わらない、という事態だけは避けなければなりません。そのためにはどうすれば良いのか、できることはないでしょうか。今度こそ、変えていかねばなりません。クインテットの『故郷』は、3番はマーチに編曲してありました。日本人みんなのふるさとを守るために。志。

    04.jpg未来に向かいましょう。


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    Posted by : may5thnews | メイフィフスの日々(育児日記です) | 11:03 | comments(0) | trackbacks(0)
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